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東京高等裁判所 昭和26年(ネ)1166号 判決

控訴人等代理人は、「原判決を取り消す。被控訴人の請求はこれを棄却する。訴訟費用は第一、二審共被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は、控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張は、当審において、次のとおりそれぞれ陳述した外は、原判決の事実摘示と同一であるから、ここにこれを引用する。

控訴人等代理人の陳述、

一、本件の事実関係は次のとおりである。即ち、被控訴会社(明治物産株式会社の前身山田工業株式会社を指す以下同じ)は、昭和十六年六月二十日訴外三光商船株式会社の株主より、同会社の全株式九千九百六十株(一株五十円全額払込済)を金四百四十八万二千円で買収した。そして同年八月一日に右両会社の代表者は合併契約書を作成し、同月十六日にそれぞれ臨時株主総会を開催して、これを承認し、同年十一月二十六日に右合併契約に基いて被控訴会社は同日三光商船株式会社を吸収合併して同年十二月その登記手続をした。しかるところ、控訴人芝税務署長は、同族会社である被控訴会社がなした右六月二十日の株式買収行為は清算所得税(法人税)逋脱の目的があると認められるものある場合に相当すると認め、法人税法(昭和十五年三月二十九日法律第二十五号以下旧法人税法という)第二十八条(同族会社の行為計算否認の規定)第十七条第三項(同族会社の定義規定)を適用して右六月二十日の株式買収行為を税法上否認し、当時三光商船株式会社の株主が支払を受けた株式買収代金四百四十八万二千円を後に行われた合併の合併交付金と認定して所得金額を計算することとし、旧法人税法第六条第二項、営業税法(昭和十五年三月二十九日法律第三十三号以下旧営業税法という)の規定に則り、課税決定をなし、昭和二十年八月末日附で清算所得金額並びに清算純益金額の決定通知書を、次で同年九月二十日附で納税告知書をそれぞれ被控訴会社に送達した。(所得金額決定は同年十二月十日送達された。)その課税決定の内容は認定合併交付金四百四十八万二千円から払込資本金額四十九万八千円及び積立金十七万三千百九十九円を差し引いた残額三百八十一万八百一円を清算所得とし、これに対し法人税六十八万五千九百四十四円十八銭営業税五万七千百六十二円一銭合計七十四万三千百六円十九銭を賦課したのである。しかるところ、被控訴会社は、同年十二月中に右法人税及び営業税合計七十四万三千百六円十五銭を納付するとともに右課税決定に対し異議の申立をしたがこれに対して三ケ月以上を経過しても審査の決定がないので本訴を提起しているのである。

二、ところで控訴人芝税務署長が六月二十日の株式買収行為を税法上否認した根拠は同族会社の行為計算の否認の規定はその行為計算が有効であることを前提とするものであり、本件においても合併契約及び六月二十日の株式買収行為が共に有効であることを前提として否認規定を発動したものである。およそ会社合併に当り合併交付金の合意がないような合併契約は当然無効ではあるが、本件の場合新株の割当はなかつたが、本件合併契約書には「乙会社(三光商船株式会社)ノ資産及負債竝ニ権利義務ノ一切ヲ金四百四十八万二千円(甲会社ガ乙会社ノ株式収得セル価格)也ニテ甲会社ハ買収ヲナスモノトス」とあり、これ合併交付金の合意に外ならない。それ故本件合併において合併交付金授受の合意がなかつた旨の被控訴人の主張は当らない。また、株式買収の相手方がたとえ同族会社である山田工業株式会社の構成員たる山田豊市及びその特殊関係者でなく、第三者であつても同族会社の行為計算否認の規定の発動を妨ぐべき事由とならないことは、この否認規定の趣旨ないし目的に照し疑いのないところである。換言すれば株式買収の相手方が山田豊市であるとするならば右株式買収が法人税逋脱の目的があると認められる行為と認定すべき有力な資料となるが、本件の如くこの点の認定資料が外に十分求められる事案においては右否認規定が発動するのは当然である。

三、否認規定の対象となる行為は、第一に同族会社の行為であること、第二にその行為が法人税逋脱の目的があると認められる行為であることを要することは法文上明らかである。

したがつて、右規定が発動するのは被控訴人主張のような、税金回避の目的を抜きにして考えてみると、常識ある経済人の行為としては不合理と思われるような行為、言いかえると税金回避の目的がなかつたならば常識ある経済人としては、さような行為形態をとらなかつたであろうと認められる場合に限るものではない。けだし税金回避の目的を抜きにして、否認規定の対象となるべき行為を論することはできないからである。

四、否認規定の適用を受けるには逋脱の意思を必要とするとの被控訴人主張は当らない。けだし、該規定は制裁法規でもなければ脱法禁止の規定でもない、ただ租税公平負担の原則から税法上特別の課税標準を認めたものに過ぎない。それは法文に同族会社の行為又は計算として法人税逋脱の「目的アリト認メラルモノアル場合」とあつて「逋脱する目的をもつて行為又は計算した場合」となつていないことからもうかがわれる。したがつて同族会社の行為又は計算であつて、法人税回避の目的があると客観的に認めうる行為又は計算が存在する場合には、同族会社の代表者がいかなる目的ないし意思をもつてなしたかを問わず、税務官庁がそれを否認することができるのである。もし逋脱の意思を必要とするならば、この規定の経済的効果を没却することにもなる。

五、本件買収代金を合併交付金と認定し、これを課税標準としたのは違法ではない。法文に「其ノ行為又ハ計算ニ拘ラス政府ハ其ノ認ムル所ニ依リ所得金額及資本金ヲ計算スルコトヲ得」とある如く、否認の規定はすでに述べたように税法上特別の課税標準を認めたものである。すなわち一般に非同族会社の行為については、その行為が有効である限り、これを是認して課税標準を計算しなければならないが、同族会社の行為計算についてはこの規定の趣旨並びに目的から、この課税要件を拡げうることにしたのである。したがつてある行為を否認して他の行為を設定するのではない、否認された行為から出て来る計算を客観的にいかなる課税標準ないしは所得と認めるかという問題である。本件清算所得の課税標準となつた株式買収代金は税法上の関係においては合併交付金であり、しかもそれが被合併会社である三光商船株式会社の株主に現実に交付されたのであるから、交付後の被合併会社の純資産の値下りは何等課税標準に影響を及ぼさない。このことは正常の合併の場合において合併契約後の純資産の値下りが合併交付金(割当新株の払込済金額及び金銭の総額)の取得金額に関わりがないのと同様である。元来合併交付金は含み資産と直接には関係がない。すなわち合併交付金は当事者が自由に且つ任意に定めるものであつて被合併会社の純資産の評価と合併交付金とは必ずしも一致せず、いわゆる含み資産なるものは多くの場合合併会社に引き継がれて、それに対してはその会社解散のときに至つて課税が行われ、合併の際に行われることは殆んどない。したがつて税務官庁として本件のように株式買収行為を否認した場合に八月一日の合併契約当時の合併交付金は、どれだけが適当であつたかを定めるものではない。また、控訴人税務官庁が否認の対象としたのは株式買収行為であつて八月一日の合併契約を否認したのでもなければ、六月二十日に合併交付金の合意があつたと認めたのでもない。したがつてこの点につき被控訴人が「株式買収代金を合併交付金と認めるためには株式買収の迂路を経ることなく直ちに通常の方法による合併が行われたとしたら八月一日ではなく、六月二十日以前にすでに合併契約が締結されていたであろうということが理論的必然性をもつて言い得なければならない」と主張するのは事実を誤認し、且つ法律の解釈を誤つているものである。

被控訴代理人の陳述、

(一)  法人が清算所得税なるものを創設した趣旨は結局会社の含み資産が表現化したのを機会にこれに課税しようとするにある。ところで会社の含み資産は、(1)解散の場合の残余財産の形(2)合併の場合の割当株式の払込済金額の形(3)他の場合には株式の一括買収代金の形で現われるが法が清算所得税の課税標準として採用しているのは右(1)(2)の場合であつて(3)の場合は採用していない。しかるに控訴人が本件株式買収代金を合併交付金とみなして清算所得税を賦課することは、ひつきよう株式買収代金の形で現われた含み資産と合併の場合の割当株式の払込済金額に現われた含み資産とを同視して(3)の場合を課税標準として新たに追加することを意味するものであり、これ租税法定主義の大原則を破ることとなるから、かようなことは許されない。これが被控訴人の主張の根幹をなすものである。けだし、これが許されるとすれば、(イ)法の予定する課税標準と異なる性格の所得の現われがあり、それによつて法の予定する課税が軽減または免脱される結果を生ずる場合には、たとえその所得の現われが法の予定する課税標準と異なる性格のものであつても当然にこれと同視して課税し得るものと見るか、または(ロ)本来法が予定するような課税標準の形で所得が現われるはずであつたのに作為的に別の行為形態をとつたために別の形で所得が現われた場合には別の形で現われた所得であつても法の予定する課税標準の形で現われた所得と同視して課税し得ると見る外ないのである。しかし、(イ)の場合は法の予定する課税標準の形で所得が現われないで別の形で所得が現われたというだけで当然に否認権を発動し得るとするのであるから、かような課税は法の予定する課税標準の形において所得が現われた場合に限つて、これに課税しようとする租税法定主義を全く無視するものである。(ロ)の場合は本来ならば法が課税標準として予定しているような形で所得が現われるはずであつたということを前提とするものであるから本件の場合に控訴人はまず何故「はず」であつたかを厳密に論証すべきである。被控訴人の見解によればこの「はず」であつたということは租税回避の目的を抜きにして純経済的に行動したならば法が課税標準として予定した行為形態と同じ行為形態をとつたはずであるということから出て来るのであるが、本件において本件一連の行為は被控訴人がこの行為形態を選ぶに先立ち、通常の合併の方法による行為形態との利害得失を研究した上で選んだとしても、近代的資本主義経済組織の下において経済人が或る行為形態を選ばんとするとき当該行為に対する租税負担の軽重をも考慮に入れて最も合理的と思われる行為形態を選ぶことは当然のことであつて、これを直ちに逋脱行為と目するは経済取引の実相に対する深い洞察を欠くものであつて許されない。またもし控訴人側においてこの「はず」について論証し得たとしても、通常の合併の方法による行為形態をとつたならば幾何の払込済株式を割当交付したであろうかを合理的に想定してこれを限度として否認権を行使すべきであるが、本来売買の対価の形で現われた所得を合理的判断によつて合併の対価の形で現わるべき所得の形に引き直した上でこれが課税標準を認定するが如きことは、極めて困難な操作であり、特に今日においては殆んど不可能事であり、かような場合に否認権を発動することは無意味であるから、控訴人は、まさに課税を放棄すべきである。

(二)  控訴人は否認の規定の趣旨は「租税公平負担の原則から税法上の特別の課税標準を認めたもの」であるとして株式買収代金を合併交付金とみなし得るもののように主張している。なるほど法の予定する課税標準とは異なり、従つて本来課税標準とされていない行為が適法に行われているにかかわらずそれを否認して、本来の課税標準の形に引き直して課税するのであるからその限度においては租税法定主義を修正することにもなるであろうがこの場合においても、合理的判断によつて法の予定する課税標準の形に引き直し得る場合でなければならない。この合理的還元作用が不可能であるような本件の場合には、法の特別の根拠なくしては株式買収代金をそのまま合併交付金とみなして課税標準となすが如き否認の処理は遂になし得ないところなのである。

(三)  本件のような所得は本来株式の譲渡所得として把えるべきものであり、しかも株式の譲渡所得を課税の対象とするかどうかは立法者がこれを課税対象とすることの得失を証券取引の実情や租税法の全体系とにらみ合せて深い政策的考量によつて決定すべきことがらであつて、税務当局の決定すべきことがらではない。本件行為当時においては議会の政策的考慮により株式譲渡所得は課税の対象とされていなかつたのであり、株式を一括売却した場合(合併に関係なく)においても、その所得は課税の対象とはならないものとされていたのである。しかるにその本質的性格においては株式買収代金に外ならない本件の所得についてこれを清算所得として課税の対象とすることは決して課税負担の上の公平とは言い得ない。公平な課税行政とは何より法を忠実厳正に執行することであり、みだりに法のわくを越えて恣意的裁量を敢えてすることではない。本件のような一連の行為が行われた場合に株式買収代金を合併交付金とみなす趣旨の法律が施行される前の段階においては実際に課税を実行した例のあることは控訴人側において立証し得ないところである。してみれば本件行為当時株式譲渡所得税なるものが創設されていなかつたために本来株式の譲渡所得として把えるべきものを否認の規定により強いて清算所得として課税しようとしたと認められる本件課税処分は違法たるを免れないものである。(各立証省略)

三、理  由

被控訴人が本訴請求原因として主張する事実は全部控訴人等の認めて争わないところである。右事実によれば、被控訴会社が訴外三光商船株式会社(以下三光商船と略称する)を吸収合併するに当り、株式の割当及び合併交付金の授受がなされなかつたのであるから旧法人税法第六条第二項、営業税法第七条第二項所定の清算所得並びに清算純益ありとして法人税及び営業税を課することの許されないことは明らかである。

ところで、控訴人等は、「芝税務署長が本件法人税及び営業税の課税をなすに至つたのは、被控訴会社が三光商船の全株式を買収したのは合併契約のわずか四十日前であり、被控訴会社も三光商船も共に訴外亡山田豊市の同族会社であつたのであつて且つ被控訴会社は昭和十六年八月十八日の臨時株主総会において資本金二百万円を三百五十万円に増資する旨を決議し、新株三万株の内二万四千株を山田豊市が引き受け、同年十月三十一日その全額払込を了しているのであるから、被控訴会社が税金逋脱の目的で三光商船の全株式を買収したことは明白であり、従つて株式買収代金四百四十八万二千円は経済的実質的には合併交付金に外ならないので、控訴人芝税務署長は、同族会社である被控訴会社のなした昭和十六年六月二十日の株式買収行為は清算所得税(法人税)逋脱の目的があると認められるものある場合に相当すると認め、旧法人税法第二十八条、第十七条第三項を適用して右買収行為を税法上否認し、当時三光商船の株主が支払を受けた前記代金を後に行われた合併の交付金と認定して所得金額を計算し課税決定をなした」旨主張するので、以下その当否について審究する。

三光商船は別として少くとも被控訴会社が山田豊市の同族会社であつたことは当事者間に争いないところであるが本件株式買収、合併、増資(原本の存在竝びに成立に争なき乙第三号証で認められる増資並びに山田豊市の新株引受の事実)なる一連の行為は、その当時の法制上何等禁ずるところのものでなく、いずれもこれを適法になし得た行為形態であることは論なきところである。而して徴税官庁が行為計算否認の規定を発動し得る場合は、同族会社の行為計算にして法人税逋脱の目的ありと認められるものある場合でなければならぬが、本件一連の行為からして法人税逋脱の目的ありと認められるためには、若し税金逋脱の目的を抜きにして見た場合、純経済人の選ぶ行為形態として不合理なものであると認められる場合でなければならない。しかるに同族会社の場合であると否とにかかわらず純経済人としては概して損得の打算に深慮を払い、努めて課税の対象とならない行為形態を選ぶことは当然のことであつて敢えて、これを不合理と目することはできないから、本件一連の行為を以て直ちに税金逋脱の目的ありと認められる場合であるとは断定し難い。この点に関する控訴人等の当審における主張は採用し難い。

なお控訴人等は、「本件買収代金を合併交付金と認定したのは税法上特別の課税標準が認められているがためである」旨主張するが、本件において授受された金四百四十八万二千円は本件株式の買収代金であり、元来かような株式譲渡の場合に利得をなす者は譲渡株主であるから、税負担の公平という点からいえば国はかような所得に対する課税の制度を設くべきであるが、本件買収行為当時においてはかような課税法規は存在せず、従つて課税の対象とはならなかつたことは明らかである。また、法人合併の場合合併前に買い受けた株式の売買代金を以て税法上これを合併交付金とみなし、これにより清算所得、清算純益を計算し法人税、営業税を課し得るに至つたのは、本件買収行為よりはるか以後の昭和十九年二月法律第七号所得税法改正法律において始めてその旨の法規が設けられ、同年四月一日これが施行されてからのことであり、その以前においてかような課税標準の認定がなされていた事例が他に存したことはこれをうかがい得る資料は全然ない。かように株式の譲渡所得に課税せられず、また株式買収代金を合併交付金とみなす法規の存しなかつた本件株式買収当時としては法が予定する課税標準(合併交付金)と異なる課税標準(株式買収代金)により課税することは当時の税法の所期した目的の範囲を逸脱したもので許容し難きものといわざるを得ない。もつとも控訴人等は当審において乙第一号証の合併契約書第二条の約旨は合併交付金の合意に外ならない旨主張するが、原本の存在並びに成立に争なき乙第四号証によれば、被控訴会社は昭和十六年十一月二十七日の臨時株主総会において右第二条は妥当を欠き営業譲渡に解釈される虞ありとの理由にてこれを削除したことの承認決議をなしているので、この事実から見ても本件合併に当り、合併交付金の授受がなかつたことが窺われるので、前記第二条の条規は未だ本件買収代金を以て合併交付金と認定する根拠とはなし得ない。

しからば控訴人芝税務署長が本件買収の行為計算を否認し、株式買収代金を合併交付金と認定して、これを課税標準としてなした法人税及び営業税の本件課税処分は違法であり、控訴人等の爾余の主張によりてはこれを適法ならしむるに足らないから右課税処分はこれが取消を免れない。

而して控訴人国が悪意の受益者として本訴請求の金員の支払をなす義務あることは原審判定の通りであるから原判決の理由中この点に関する記載をここに引用する。

従つて被控訴人の本訴請求を認容した原判決は相当であり、本件控訴はその理由がないから、民事訴訟法第三百八十四条第一項、第九十五条、第八十九条を適用し主文の通り判決する。

(裁判官 大江保直 梅原松次郎 奥野利一)

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